秋空 |
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枯れ葉が舞っていて風が少し冷たい。バイクで走るには厚手のジャケットが必要な時期だ。 道を行くバイクも大分少なくなってきた。 バイクが好きで始めたバイク屋なのに、ぜんぜんバイクに乗っていない。毎日小さな修理ばかり。 修理に入ってくるのはスクーターがほとんど。小さいのから大きいのまで、みんなスクーターだ。 ホントにみんなどうしちまったんだろう?普通のバイクは壊れないのだろうか? などとくだらない考え事をしながらパンク修理をしていた。 3日前もパンク修理、昨日はプラグ交換。今日もパンク修理。 小さな店の奥には彼の大事にしているヤマハの空冷2ストロークマシンが数台並んでいた。 どれも良いコンディションを保っている。 それでも、たまにエンジンを掛けてやったり、近所を少し回ったりしないと、旧い空冷2ストたちは機嫌を損ねる。 一番手前のRD90に目がいった。彼が普段の足にしているバイクだが、このところエンジンすら掛けていない。 修理を終わらせたら一回りするか。そう思って手早くスクーターのホイールにタイヤを嵌め込む。 コンプレッサーの圧縮空気を入れる。タイヤが膨らんでバンッと大きな音がする。タイヤの耳が立った証拠だ。 エアゲージで空気圧を調整し、手でタイヤをクルッと回して異常が無いかを確認し、ホイールを車体に装着する。 各部のリンクがきちんと付いていることを確認して終了。 手を洗い、道具を片付け、納品書を書き込んで、客に電話を入れ修理が終わったことを伝える。 午後3時、アフタヌーンティーならぬアフタヌーンバイク。お茶をするなら1日中だって出来る。なんといっても大した仕事が来ないのでヒマを持て余しているからだ。 もうすぐ師走だというのに、年を越せるかどうか判らない。 なんだか自分のやりたいことが判らなくなってしまった。このまま近所のオバチャンのスクーター修理だけで終わってしまうのだろうか? RD90を奥から引っ張り出す。タンクとシートの上にはうっすらと埃が付いていた。 店の前で簡単に埃を落とす。ガソリンコックをオンにして、キーを差し込んでスイッチを回す。 ニュートラルランプがボヤーっと点いた。バッテリー容量が減っていた。バイクに申し訳ないと思いつつ、チョークを引いてキックをする。 スポポポ・・・スポポポン・・スポ・・エンジンが掛からない。ご機嫌斜めのようだ。 こういう時は押し掛けの方が早い。クラッチを切り、ギアを2速に入れて、そのままバイクを押し出す。 勢いがついたところでパッと飛び乗り、クラッチレバーを放す。 ブリッブッブッブィーン!!と重たげにRDが目を覚ます。チョークを引いたままだったのでマフラーから白煙が濛々と出る。車体を止め、ニュートラルにしてチョークも戻す。軽くブリッピングしてアイドリングが安定するまで待つ。 Uターンして店に戻り、ヘルメットとグローブ、ジャケットを取りに入る。 仕事もしないで何やってんだか・・自分に文句を言ってみる。でも仕事が無いのだから仕方が無い。 このまま野垂れ死んでも誰も気付いてくれそうにない。溜め息まじりの自嘲がクスっと出る。 ふと店の前に人影があるのに気付いた。客かと思って出てみたら、色の浅黒い外国の若者が立っていた。 どこの国だろう。東南アジア系の顔だ。それよりも何の用だ?バイクが欲しいのか? 若者はRD90をじっと見ていた。それも懐かしむような顔で。 どう声を掛けていいのか判らない。 「あの・・・」とだけ言ってみる。言葉が通じるかな。 「ハイ」と返事が来た。それくらいは分かるようだ。 「バイク好きなの?」 「ハイ、ボク、コレに乗っていました」 なんだ、日本語が通じるじゃん。何を緊張しているんだ俺は。 「コレってRD90に?」 「ボクの国、タイではRX100という名前です」 「君はタイから来たのか。RDに100ccなんてあったんだ。知らなかったなぁ」 若者はずっとRDの細部を見ている。自分が乗っていたというバイクとどこが同じでどこが違うのかを探しているみたいだ。 「・・ナツカシイ・・音・・」たどたどしい日本語で自分の意志を伝えてくる。形容詞まで使えるなんて大したものだ。 「排気音が?」確かに空冷2スト単気筒の音なんて聞かなくなって久しい。50のスクーターではまだまだ走っているが、あれとはぜんぜん違う。 「そう。ボクの国ではたくさんいます。ボクのはシルバーです。カッコよかった」 ははは。カッコイイのか、この一見ビジネスバイクにも間違えられそうなレトロなバイクが。 ポンポンポンポンとRDはアイドリングを続けている。弱っていたバッテリーも回復してきたようだ。 プラグをカブらせないためにブリッピングする。ブィィーンっと元気良いレスポンスだ。 若者の目が輝く。まるで自分のバイクを見ているように。 そういやぁ、最近はこういう目をした若いヤツがいないなぁ。 バイクはファッションになってしまった。スニーカーと同じレベル。飽きたら捨てる。直すなんて事はしない。 若者は自分が乗っていたバイクとRD90との共通部分を見つけては喜んでいるようだ。 「ココも同じ。コレも同じ」 「ところでキミ、名前は?」 「ボクの名前はカイエです」と、きちんとした日本語が返ってきた。 「俺の名前はジョージです」こちらの方がぎこちない喋り方だったかもしれない。 「ジョージさん」若者は憶えるように繰り返した。 「ところでこっちに来て何をしているの」失礼にならないように聞いてみる。 「ドボクカンケイ(土木関係)の仕事を勉強しています。将来は大きくて広い道と大きな家を作りたいです」 「おお、夢は大きく、がんばりな!」って何をエラソウに言っているんだ俺は? しかし、彼の顔はさっきまでとは違い、少し暗い。 「勉強はムズカシイです。日本語もムズカシイ。友達もタイへ帰ってしまった」 どうやら若者は独りになってしまったようだ。外国へ来て独りきりでは寂しいだろう。 ましてや東南アジアの人への偏見や差別はまだ多い。 「ボクもタイへ帰りたい。でも、帰れない」 きっと国や学校からの補助金で日本に来ているのだろう。ツライからといって国に帰ってしまえば、逆に金を返せと言われるに違いない。 親や家族を含めた村や町、地域全体の期待を背負ってやって来たのだ。 「そおかぁ大変だなぁ」周囲から何の期待もされていない身としてはこれ以上の言葉がない。 気付いたらRDがアイドリングのままだった。 このままではいけない。一回りしてクランクの中の余計なガスを抜かなくては。 「ちょっと待ってな」と声をかけ、店の奥に戻り予備のヘルメットを取って来た。 若者に差し出すと彼は困惑していた。 「後ろに乗りな。一回りするから」ヘルメットをかぶりながら言う。 「ハイ」と嬉しそうな返事が来る。 グローブを嵌めてバイクに跨がる。こちらが言わなくても若者は自分でタンデムステップを出し後ろに乗ってきた。 後方を確認して、クラッチを切り、1速に入れる。 高めの回転で半クラを切り、スタートする。男二人が乗ってもRD90は力強く加速した。 ケヤキ並木の通りを走る。リアタイヤのすぐ後ろで枯れ葉が舞う。 若者は楽しそうに歌を歌っている。きっと自分の国の人気歌手の歌だろう。 しばらく走ったところで歩道に乗り上げる。 「じゃぁ交代だ」若者は意味が分からず、きょとんとしている。 「交代だよ、チェンジ。君が運転する」身振りを交えて説明する。 「できません。免許ありません。オマワリサンに捕まる」若者はびっくりした顔で言う。 「ダイジョーブ、大丈夫。普通に運転してれば誰も気付かないって」 「できません」 「イイからホレ、早く乗りな」 さすがに誘惑には勝てなかったらしい。若者は周囲を見渡して誰も見ていないかを確認しながらシートに跨がった。 続いて自分もシートに乗り、念のため周りを確認する。 「よーし、出発進行!」と調子のよい掛け声を出す。 若者は最初こそクラッチの感じやエンジンの特性を知るためにゆっくりと走っていたが、すぐに自分の乗っていたRX100と同じだと解り、パワーバンドを使った元気な走りをするようになった。 後ろから行き先を指示する。若者の運転は上手かった。いつも後ろに友達や家族、親しい彼女を乗せて走っていたのだろう。 信号で止まっていると振り向いて何か言っている。よく聞き取れないのでシールドを開けて耳を傾ける。 「タイと同じ・・左」どうやらタイも左側通行らしい。ならば安心だ。 信号が青になり走り出す。空冷2スト単気筒のトルクフルな振動が気持ち良い。 少し遠回りしてから店に戻った。 ヘルメットを脱いだ若者の顔は上気していた。外国で無免許運転なんて考えてもいなかったことだろう。 「どうだった?」 「怖かったけど楽しい!」 ワハハハハハと二人で笑った。相変わらずバカやってるなぁ俺は。もし警察に捕まったら自分より若者がひどい目に遭うところだったのに。 「ありがとう」 「どういたしまして。でももう無いよ。おまわりに捕まっちゃうからな」 「ハイ」満足した答えだ。 少し間をおいて若者が話しだした。 「ボクは逃げてきました。学校もムズカシイ。友達もいない。全部から逃げたかった」 「まぁいろいろ大変だよな」 「でもジョージさんのおかげで気分がよくなった。がんばる」 「俺のお陰じゃねーよ。コイツだよ」 「RD90?」 「あぁ、そうさ。もし店の前で俺が大きなスクーターのエンジンを掛けていたとしたらキミは立ち止まったかい?」 「いいえ。。。」 「だろう。キミを引き止め、元気にしてくれたのはコイツなんだよ」 「そうかも知れない。このヤマハのおかげ。僕の大好きなバイクと同じカタチ。乗るのも同じ」 「空冷2ストは最高だな!」 「・・クウレイ??」 「あ?わかんねーか、エアークールド・ツーストロークはベリーグッドってコトさ」 「ああ!そう、クウレーサイコー!」 ワハハハハハと、また二人で笑った。 見上げた空がいつもより青く、高く見えた。 |
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